倶会一処ということ

 お盆やお正月になると大勢の方がお寺にお越しくださって、お墓参りしてゆかれます。離れて暮らしている親戚や子どもたちも集まっていっしょに過ごす大切な機会ですね。

 皆さんの家のお墓には何と書いてありますか?「○○家之墓」「代々墓」という方も多いでしょう。ですが浄土真宗ではお墓には「南無阿弥陀仏」あるいは「倶会一処」とするのが正式なのです。「南無阿弥陀仏」はお念仏ですが「倶会一処」とはどういう意味でしょう。実はこの言葉「ともにひとつのところで出会う」という意味があります。

 浄土真宗の教えでは、人は誰もがこの世での命を終えたら仏さまの国である浄土に生まれて仏となると教えられています。「ともにひとつのところで出会う」とは私たちはみんな浄土で再び会うことができるという意味もあるでしょう。そしてまた今を生きる私たちがひとつのことを大切にする者として出会うという意味があると思うのです。

 同じ家で暮らしていても別々のことを考えているということがあります。ですが根本には同じように大切にしていることがあるのではないでしょうか。それが家族だったり子どもだったり趣味だったりお念仏だったり。普段は意識しないで暮らしているけど、ひとつのことを共に大切にし、共に行きてゆく人である。そのことに気付くように呼びかけてくれているのがこの「倶会一処」、「ともにひとつのところで出会う」という言葉のように感じています。