金寶寺当院のブログ



二男が誕生しました

 

 出産予定日だった昨年の十一月十九日の午後十時半頃に陣痛が始まり、母に長男を任せて夫婦で病院に行くと、順調にお産が進み、日をまたいだ十一月二〇日の午前〇時半に男の子が誕生しました。元気に生まれてくれた子どもにも、約二時間のスピード出産ではあっても、大変な思いをしてくれた妻にも、心から感謝しております。

 

 陣痛が始まった十九日はこの冬の初雪の日であり、誕生日となった二〇日も朝から雪が舞っていました。雪に関連した名前にしようと妻と話し合い、雪という意味があり、銀世界というように表現する「銀」に、阿弥陀さまの「弥」をつなげて銀弥(ぎんや)と名づけました。空から雪が舞い降りるように、私たち家族のもとに生まれて来てくれた子です。このひとつの命を、私たち家族への贈りものとして大切に育んでいきたいと思っています。

 

 銀弥の誕生から一ヶ月と少しが経ちました。長男の久遠がやきもちを焼いたり、二人を順番にお風呂に入れるのに手間取ったり、夜中に代わりばんこに泣き始めたりと、慌ただしく過ごす毎日です。そんな日々を、家族が増えた喜びと、これからの人生を共に歩んでゆける幸せを、確かに受け止めてゆこうと決心しています。

 

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戒律と憲法

 

 浄土真宗は戒律がない宗派と言われます。ですから私たちは「戒名=戒律を守る者の名前」を用いず、「法名=法・教えに生きる者の名乗り」を持ちます。戒律と聞くと、飲酒してはいけない、異性と交際してはいけないなど、生活を縛り付けるものを思い浮かべる方が多いかもしれません。ビールが好きで、結婚もしている私には守れそうにないものです。

 

その戒律は、「戒」と「律」に分けることができます。「律」は破ると罰則のあるもののことで、法律に類するといえます。法律は違反すると罰金や懲役などの罰則がありますね。一方で「戒」は破っても罰則がありません。これは約束などの決まりごとと似ています。罰がないからと、約束を破っていいのかというと、そうではありません。約束を破れば相手からの信頼を失い、約束を守ることが信頼を生みます。「戒」も守ることが信頼を生み、その結果、人と人との関係、集団内での関係がスムーズになるのでしょう。「戒」はその集団が、どのように在るべきか、進むべき方向を示しているといえます。

 

破っても罰則のない決まりというと、私は憲法が頭に浮かびます。憲法は破っても罰金や懲役を課せられることはありません。ですがそこにはたくさんの大切な決まりが記されています。十九条の内心の自由や二十一条の表現の自由、それがあるから私たちは、誰からも制限されることなく自由に考え、自由に発言、発信することができます。そして九条の平和主義によって、私たちは戦争をしない国で安心して生活を送ることができ、他の国からも問題解決の手段として、武力を用いない国として信頼されています。

 

もしも、その憲法という約束を破るのなら、戦後の日本が積み上げてきた信頼が崩れ落ちるでしょう。もしも、その憲法という約束を変えるのなら、その信頼が揺らぐことはないか、私たちの生活が、国の在り方がどう変わるのか慎重に考え、じっくりと話し合わなければならないでしょう。戒律や法律は私たちが守るもの。しかし憲法は私たちのことを守り、私たちが願う未来を示すものなのですね。

 

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子ども食堂をオープンしました

 

 子ども食堂についてご存知の方もいらっしゃると思います。「子どもが一人でも安心して食べに来られる無料または低額の食堂」を子ども食堂と言い、金宝寺でも「てらこや食堂」という名前で五月にオープンしました。月に二回開店する食堂で毎回、子どもからおとなまで五十人前後の方がお越しくださっています。お子さんが毎回参加してくださる近所の方に「何でもおいしそうに食べていい子たちですね」とお話したら「家では好き嫌いするのですが、ここに来るとしっかりと食べるんです」とおっしゃっていました。大勢でわいわい食べる楽しさと、出来たてご飯のおいしさは格別なのですね。

 

 私はてらこや食堂が、ただご飯を食べるだけの場でなく、安心して過ごせる居場所になってほしいと願っています。それは学校、職場、家庭が、いつでも居心地の良い場所だとは限らないからです。友達との関係や上司、同僚との付き合い、家族の中でうまくいかないことがあったとき、そこに行けば温かいご飯があって温かい人がいてほっとする。そんな心も身体も一休みすることができる場となってほしいのです。私自身もてらこや食堂のご飯も、そこで会う方との時間も毎回楽しみにしています。

 

ご飯を食べることのできない子どもや、家で一人ぼっちでご飯を食べている子どもだけのための食堂ではありません。子どももおとなも、誰でも気軽に食べに来られる食堂です。第一水曜日と第三水曜日の午後六時半に開店します。元気いっぱいな子どもたちや、楽しくおしゃべりするおとなたちといっしょに出来たてご飯を食べませんか?子どもは一〇〇円、おとなは二〇〇円を持ってぜひ一度、お越しください。調理や準備、後片付けのボランティア、野菜等の食材の寄付も募集しております。ご協力をお願い致します。

 

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またいつか、京都に行きましょう。


 

 一年前に金宝寺寺報でお声かけした東本願寺宿坊の旅へ、十月後半に行ってきました。私たちは金宝寺奉仕団の名で東本願寺に隣接した同朋会館という宿泊施設に一泊し、法話を聞いて清掃奉仕をし、朝のお勤めに参拝しました。そして二日目はお骨を収め、数ヵ寺のお寺に参拝し、温泉旅館に宿泊しました。たくさんの思い出ができた二泊三日の旅の間に、参加者の方々からは様々なお話を聞かせていただきました。今回の旅行のために一年以上かけて体調を整えてこられた方。人生最後の京都参りだとおっしゃる方。先立ったお連れ合いとの思い出をお話しくださった方。念願だった納骨ができて安心した様子の方。そんな方々といっしょに今回の京都への旅ができて私自身がとてもうれしく、本当にありがたく感じました。

 

年に数回、嘱託補導という同朋会館の案内役を担い、参加者の方の感動を目にしている私は、ぜひ一度、金宝寺門徒の方々と金宝寺奉仕団として同朋会館に泊まりたいと願っていました。今回の旅はその願いが成就するというだけでなく、たくさんの方の願いがともに成就し、その感動を共有できるという素晴らしい旅だったと思います。私たちが今回泊まった同朋会館は今年の六月で数十年の役目を終えます。そして建て替え工事が始まり、その一年後に真新しい食堂やお風呂、エレベーターが整備されて完成します。いつかまた東本願寺宿坊の旅を計画したいと考えています。お骨を収めることも、法名をいただく帰敬式を受けることもできます。今回参加してくださった方も、参加できなかった方も、いっしょに京都に行きましょう。この金宝寺寺報に原稿をお寄せくださった片桐さんのお母さんが「宿坊に泊まって納骨したい」と声をあげてくださったことから始まったのが今回の旅です。関心がある方は金宝寺の者にお声かけください。

 


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今まで暮らした家からのプレゼント

 

 結婚して四年半になりますが、私たち夫婦はお寺から近くのアパートで生活してきました。両親や妻と関係を築く上でもちょうど良い距離感だった思っています。それが子どもの誕生を中心に仕事上の不便等の様々なきっかけがあり、金寶寺会館に隣接した住居部分を建て替えて、私たち夫婦と子どもの三人で引っ越してくることを決めました。すでに解体が始まっており来年三月に完成予定です。新居の完成はとても楽しみですが、解体が始まるまでが大変でした。小さいころから過ごした我が家にはたくさんの物があり、約一カ月をかけて様々な物を片付けては移動し、不要なものは分別して捨てる日々。期日までに間に合うのかという不安と、冷蔵庫や本棚の移動等で心身ともに疲れ切り、それが理由なのかわかりませんが、片付けの完了後に一週間も発熱が続きました。

 

 そのように大変だった一カ月ですが、たくさんの喜びもあったのです。子どものころの作文や水彩画が見つかると片付ける手を止め、当時を思い返すこともありました。長年開くことのなかったアルバムには、境内にシートを広げピクニックをしている写真や弟と公園のアスレチックで遊んでいる写真、生まれたばかりの妹もいっしょに出かけた家族旅行の写真。そこに写る私たち三人の子どもと父、母の姿を眺めていると、懐かしく思うと同時にこれほど多くの楽しい思い出を作ってもらい、ありがたかったと親になった今思います。

 

 思い出が詰まった家が解体されるのは悲しいことですが、そのための片付けは家族で協力する貴重な時間であり、昔の写真をみんなで眺めて思い出を振り返るのは温かいひとときでした。それは解体されてしまう家が私たちにくれた最後のプレゼントだったと感じます。ここまで育ててもらった感謝を忘れずに、新たな生活への一歩を踏み出してゆこう、そう決心しています。

 

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対症療法をくり返す自分

本山から出版されている同朋新聞二月号が届きました。その中で「人間は、対症療法的な取り組みなどでは解決できない課題を抱えている」とあります。生活の中で現れてくる悩みや心配ごと。これさえ解決すれば安心なのに、と思うことがあります。だけどその安心はつかの間の安心ですぐ不安や苦悩が目の前に立ちはだかります。そしてその悩みや不安をつくり出しているのは自分自身の心なのです。そこに目を向けずに対症療法でなんとか乗り切ろうとしてもうまくはいかない、そう気づかせてもらった言葉でした。同朋新聞を金宝寺ではお参りに来られた方にお渡しできます。良かったらご一読ください。

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金宝寺行事予定

明けましておめでとうございます!

と言ってもたいへん遅くなってしまいましたが笑

年末年始は忙しくもありましたが普段なかなか顔を合わせる機会のない方とお会いすることができました。

中でも最近の恒例となっている中学校のクラス会in金宝寺では中学卒業以来、会えなかった友達とも再会。

中学生のころと比べるとすっかり変わった姿を見ると自分自身はどうなのだろう、おじさんになってきているけど成長はできているのかなと考えてしまいます。

仏教では諸行無常といってすべての存在は変わり移りゆくとされます。

そんな環境、自分自身がある中で確かなものに触れたいと思う、だから仏教の教えを聞くのかもしれません。

金宝寺では今年もたくさんの行事、イベントがあります。

ホームページのカレンダーを更新しましたのでご覧いただければと思います。

ともに仏の言葉に触れさせてください。

2016年もよろしくお願い致します。

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いのちと向き合うグリーフケア

 大切な人を亡くした深い悲しみに暮れている人に寄り添い、支えていくことをグリーフケアといいます。三条別院を会場に仏青交流研修会が開催され、緩和ケア認定看護師の小池宜子さんがグリーフケアについてお話ししてくださいました。

 一言でグリーフ(悲嘆、深い悲しみ)と言っても様々なかたちがあるそうです。ガンで少しずつ体調が衰えてゆく場合、事故や自殺で突然に別れが訪れる場合、また亡くなったのが連れ合いだったり、舅だったり母だったり子どもだったり。様々なケースがあります。その中で遺された人に現れる悲しみや孤独、そして怒りや憎しみといった感情、それはすべて正常な心の反応なのだそうです。負の感情は何とかしてプラスに転換してゆくものと思っていた私には驚きでした。そして私たちが大切な人を亡くした方を前にしたとき、何か気の利いたことを言う必要はなくて、発せられる言葉に耳を傾けて言葉を促してゆくことが必要だとおっしゃっていました。

 また死の体験旅行では大切な活動や大切な人が奪われてしまう辛さを疑似体験しました。私が葬儀や月参りでお会いする方は本当に大切な人を失った方もおられますが、その悲しみとはこんなにも大きいのかと気付かされました。私がその悲しみを前にしたとき、言えることは何もなく、その悲しみの深さを感じ、ただ聴くことしかできないのかもしれません。

 僧侶であってもそうでなくても、生きてゆく中で悲しみに触れることは誰もが経験することだと思います。そのときにただ沈黙し途方に暮れるのではなく、少しでも支えになれたら。次回の研修は2月9日、東京のお寺でグリーフケアに取り組んでおられる酒井義一さんからお話しいただきます。目の前の人の姿、言葉から逃れるのでなく、向き合ってゆけるよう、今後も学びを続けていきます。

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倶会一処ということ

 お盆やお正月になると大勢の方がお寺にお越しくださって、お墓参りしてゆかれます。離れて暮らしている親戚や子どもたちも集まっていっしょに過ごす大切な機会ですね。

 皆さんの家のお墓には何と書いてありますか?「○○家之墓」「代々墓」という方も多いでしょう。ですが浄土真宗ではお墓には「南無阿弥陀仏」あるいは「倶会一処」とするのが正式なのです。「南無阿弥陀仏」はお念仏ですが「倶会一処」とはどういう意味でしょう。実はこの言葉「ともにひとつのところで出会う」という意味があります。

 浄土真宗の教えでは、人は誰もがこの世での命を終えたら仏さまの国である浄土に生まれて仏となると教えられています。「ともにひとつのところで出会う」とは私たちはみんな浄土で再び会うことができるという意味もあるでしょう。そしてまた今を生きる私たちがひとつのことを大切にする者として出会うという意味があると思うのです。

 同じ家で暮らしていても別々のことを考えているということがあります。ですが根本には同じように大切にしていることがあるのではないでしょうか。それが家族だったり子どもだったり趣味だったりお念仏だったり。普段は意識しないで暮らしているけど、ひとつのことを共に大切にし、共に行きてゆく人である。そのことに気付くように呼びかけてくれているのがこの「倶会一処」、「ともにひとつのところで出会う」という言葉のように感じています。

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ホームページ&ブログ始めました!

金宝寺ホームページ&ブログを始めました!

「何か知りたいと思ったら今はまずネットで調べる人がほとんどだ!」と思ったので得意とは言えないパソコンで挑戦してみました笑

仏教やお寺について関心のある方が見つけてくれたらうれしいです!

 

今日は子ども英会話pureseedの日でした。

初レッスンの子がいたので「What's your name? My name is ○○! See you!」とみんなで自己紹介。

後半は境内と墓地でのHide and Seek(かくれんぼ)で走り回り、初めての子もすっかり仲良しになってくれたようです。

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